はじめに
本投稿では、融の第三作 ”賽の河原に響く声” を発表します🐙。
幼少に死んでしまった男の子が賽の河原で石を積んでいます。輪廻転生を願いつつ、生まれ変わって母と再会したいという一心で、なんとか石塔を完成させようと試みるのですが、いつも鬼がやってきて積んだ石を崩されてしまいます。そんな中、どこからともなく声が聞こえてくるのですが・・・・。
《奇譚創作の目的》
「理系→文系→文理融合」のキャリア変遷の私ですが、頭の文理融合トレーニング(思考と感情のバランス調整の練習)の一環として掌編小説(ショートショート)の創作を始めました🐙。ペンネームは ”香月融” です。
子供の世界と大人の世界とが不連続に融合する「奇妙で切ないパラレルワールド」が主題です。およそ2,000文字から10,000文字の範囲で創作していますので、5−10分くらいで読めます。
本編: 賽の河原に響く声
河原の夜は冷たいよ・・・。ときおり吹く風がしみる。おいらは、毎日ここで石積みをしている小僧さ。
おとうちゃんの顔は知らない。おかあちゃんは内職しておいらと妹を育ててくれた。とても優しかった。妹は3歳くらいで死んじゃった。おいらが7歳になったころ、空襲がますます激しくなって防空壕にずっと隠れていたんだ。だけど、おいらは生まれつき病弱だったから、おかあちゃんには何もしてあげられなかったよ。いよいよ食べるものもなくなって、おいらは死んじゃった。
死んだら、おいらの体から魂だけがスーッと土の天井を透き抜けて防空壕の外へ舞い上がっていった。そのとき、おかあちゃんが泣き叫んでいるのが地面を透けて見えた。悲しませてしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
今日も変わらず、この河原で小石を積んでいる。うまく積みあがりそうになると、いつも鬼がやってきてくずてしまうんだ。だから、もう再び現世にもどれることはないかもしれない。
今ごろ、おかあちゃんはどうしているだろう? 生きているかな? 思い出すな・・・、おいらがまだ小さいとき、おかあちゃんが寝床でよく読んでくれた「でんでんむしのおはなし」。とっても好きだったな・・・・・
あぁ・・・、耳を澄ませば・・・、どこだろう・・・、だれかの声が聞こえる。現世だろうか、あぁ・・・、絵本を読み聞かせるおかあちゃんの声だ!
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いっぴきのでんでんむしがありました。
あるひ、そのでんでんむしは、たいへんなことにきがつきました。
「わたしはいままで、うっかりしていたけれど、わたしのせなかのからのなかには、かなしみがいっぱい、つまっているではないか」
このかなしみは、どうしたらよいのでしょう
でんでんむしは、おともだちのでんでんむしのところに、やっていきました。
「わたしは、もう、いきていられません」と、そのでんでんむしは、おともだちのでんでんむしにいいました。
「なんですか」と、おともだちのでんでんむしはききました。
「わたしは、なんという、ふしあわせなものでしょう。わたしのせなかのからのなかには、かなしみがいっぱい、つまっているのです」と、はじめのでんでんむしがはなしました。
すると、おともだちのでんでんむしはいいました。
「あなたばかりではありません。わたしのせなかにも、かなしみはいっぱいです。」
それじゃしかたないとおもって、はじめのでんでんむしは、べつのおともだちのところへいきました。すると、そのおともだちもいいました。
「あなたばかりではありません。わたしのせなかにも、かなしみはいっぱいです。」
そこで、はじめのでんでんむしは、また、べつのおともだちのところへいきました。こうして、おともだちをじゅんじゅんにたずねていきましたが、どのおともだちもおなじことをいうのでありました。
とうとう、はじめのでんでんむしは、きがつきました。
「かなしみは、だれでももっているのだ。わたしばかりではないのだ。わたしは、わたしのかなしみを、こらえていかなきゃならない」
そして、このでんでんむしは、もう、なげくのをやめたのであります。
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懐かしいよ・・・、おかあちゃんに会いたいな。なんとしても再会して、恩返しをしたいんだ。
実は、3日前からこっそりと隠れて積み上げてきた石塔がもう少しで完成しそうなんだ。あと、もう一踏ん張りだ。
あっ、やばい! 鬼に見つかった。
「うおー、うあー、こんなところに隠してやがったな。」 バンバン、ガーン、ガタガタガタ、ゴロゴロゴロ・・・
あぁ・・・、また崩されてしまった。
終わり
2021年7月31日
かずのや融
《脚注》
・賽の河原: 賽の河原とは、冥土の三途の川のほとりにある河原。死んだ子供がいくところとされ、先立たれた親への供養のために、子供は苦を受けるという。子供は石を積み上げて塔を完成させようとするが(塔が完成させることができれば、子供は苦から解放されて生まれ変われるとされる)、鬼によって絶えず崩される。そこに、地蔵菩薩がやってきて子供を鬼の恐怖から守ってくれることもあるのだが、子供が賽の河原から解放されることは永遠にない。
・でんでんむしのおはなし: 新美南吉さん(1913年誕生ー1943年没)の著作「でんでんむしのかなしみ」(著作権は1993年に消滅)から引用
・サムネイルの画像: サムネイルに使用している画像は、円泉寺の掛軸「賽の河原・お地蔵様」の絵画より一部抜粋させていただきました。
以上